ゆったりまったり雑記帳

その名の通り、雑記帳です。

雨とアイロニ

今週のお題「雨の日の過ごし方」

雨でもずんずん出歩きます。どうも星野です。今日はアンニュイにいきます。雨を愉しむ、小洒落た心持を綴っていきます。今夜は長いぞ。

私が6年前、病気になったのも梅雨。生まれたのも梅雨。そしてだいたい、体調を崩すのも梅雨です。何の因果か、私はやたらと雨に縁があります。雨が降ると、大気中の埃が洗い流されてきれいになる……それならば、私は雨によって「生まれ変わっている」。何も晴天のお洗濯だけが心の浄化ではありません。雨によってずぶ濡れになって、それを拭いて涙も拭いて、温かいものを飲んでネコチャンを撫でて。そうしたらたぶん、心に降りしきる霧雨も嫌いではなくなります。そんな営為が大好きな私は、真性の「雨女」というやつなのです。

昔から雨は好きでした。外に遊びに行かない口実ができるし、読書がはかどるし、外の体育も無しになるし。ただ、今は体調を崩してしまうようになったので、ちょっと困っています。だって、雨を満喫したいのに、頭が重くて髪がぼさぼさで眠くて仕方がなくて、そんなのじゃ困るのです。雨が降った日は、本を1冊手にして、近くのカフェでホットチョコレートとクロワッサンを頂きながら過ごすのに限ります。手帳に何かを書き込むのもまた一興。仕事も華麗にこなして、雨の中お気に入りの傘をさして、ふらりふらりと歩くのも心地が良いし、個人的には泣ける曲を聴きながら散歩して、泣き顔を隠すために斜めにした傘なんかも風情があると思ったりします。

雨だと、生徒は体調を崩します。小学校教諭の友人いわく、「閉鎖空間に子どもたちを閉じ込めておくのは彼らの精神衛生によろしくない」とのこと。高校生でも低気圧の影響で起きられなかったり、精神的に不安定になったりする子が結構います。そういう子は別に「悪い子」「できない子」ではなく、単に「梅雨が苦手な子」で良いと思うのですよね。怠惰だとか、根性なしとかではなく。多様性を受け入れる社会になるためには、そういう感覚・考え方も大切だと思う今日この頃です。多様性に関してはこの次の記事で。

晴耕雨読」という言葉があります。晴れた日はおひさまを浴びて元気に活動し、雨が降ったらおこもりしちゃえ、くらいの意味にとらえていますが、雨は静的な活動(それこそ読書やハンドメイド、執筆など。映画鑑賞や料理とかも当てはまりそうです)がはかどる最高の1日なのだと考えたら、なんだか雨も楽しみになりませんか? もちろん、洗濯物が乾かないのは困りますが、そういうときはアイリスオーヤマ除湿器を買いましょう。あれはよかった。雨でもおしゃれがしたい、私のような人間にはありがたい文明の利器でした。

雨がお嫌いな方に好きになれとは言えません。けれど、なんというか、とらえ方ひとつで世界は変わるのだ、という話をしたいのです。誰かに届け。それでは、また。