ゆったりまったり雑記帳

その名の通り、雑記帳です。

供養する下書きが無かった件について【ブログ限定記事】

今週のお題「下書き供養」

 

そんなものはない。どうも星野です。書けるうちに書いておかないと。トップスピードで駆け抜けるぜ。というわけでお題消化です。下書き供養、と言いつつも、何も書くことを下書きに保存していないので、私の執筆についてちょっとだけ話をしようかと。どんなことでも話せるようになるのが、国語科のみならず教師の持つべきスキルだと思うので、徒然なるままに、日暮し、硯に向かいて……と書いていきます。

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私の執筆活動は、さかのぼること10年前、高校1年生の時に文芸部に所属したことから始まります。当時は小説を書いていたものの、こういうブログや考察記事等はまったくやっていませんでした。大きく変わったのは、やはりうつ病になってからです。自分の思ったこと、考えていること、そういう名もなき何か成果として認めてほしかった、そして誰かの反応が欲しかった。ついでにブログで収入が得られるようになれば、高額な医療費の足しになるかもしれないと、甘い夢を見ていた。単純かつ不純な理由で始めました。もともと文章を書くのは好きで、何でも書けるようになっておいた方がのちのちいいこともあるだろう、思い立ったが吉日、明日やろうは馬鹿野郎、鉄は熱いうちに打て……とばかりに、えいやっとブログ開設・note登録をやったのです。

noteのほうは最初から方向性が決まっていて、「教育や学術のことを中心に書こう」と思っていたのですが、ブログは何も決まっていなくて、しかも思ったことを勢いで書くので、支離滅裂もいいところのいわゆる「フリースタイル・しゃべくり漫談」形式なわけです。いうなればTwitterの文字数制限がない感じ。フランクに、何でもかんでも、まさにマシンガンの如く打ち出していく。瞬間最大風速で思ったことを入力していく。そういう形式で書いているので、なんと下書きなどためていないのです。気が向いたとき、時間のある時に30分でパパッと書いて送信。おしまい。

それが一定層の方にウケている(と思っている)ので、このスタイルは変わらないと思います。書きたいものは勝手に思い浮かぶし、書いている深夜帯は脳内辞書もフル稼働するので、変な言い回しはそんなにないだろうし、それこそ兼好法師スタイルで「ものぐるほし」な気持ちで書いています。

思えば千年前の最古の随筆「枕草子」は中宮定子のために捧げられた、いわば清少納言先輩の「渾身の言祝ぎ」でした。私もいま、それに似たことをやっています。誰かのためじゃないけれど、自分の人生の中でうれしかったことや楽しかったこと、好きなことを文字にして発信して、「わたしはこんなに充実した人生を送っている」とネットの海に波風を立たせていく。そうしてじぶんでじぶんの人生を肯定できたら、たぶんじぶんのなかの病気とも、過去とも、向き合って取っ組み合って、いつか和解できる。死ぬ間際に「有難い有難い」と言って死ねるかもしれない。だからこそ、私は「言祝ぐ」ためにブログを運営していこうと思って、独自の記事も書くようになりました。お堅い話ではなく、等身大の、「わたしにしかない感性」を爆発させた、一瞬の花火を打ち上げているのです。

命に貴賤はなく、また職業や生まれ、育ち、その他社会的地位、障害の有無、性別などでも差別されるのはあまり好ましいことだとは言えませんから、個人的には書くことにも多様性があっていいと考えています。何か定型を守らなければならないのは、入試の小論文か履歴書くらいです。皆様も自由に、自己表現、してみませんか? というお誘いでこの場を締めたいと思います。(これは何の会だったのか)

こんな調子で呟いているTwitterもみてね。それでは、また。

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近況報告・3月から4月編【ブログ限定記事】

ごきげんよう。げんきいっぱい、夢いっぱいの桃ちゃんです。最近本当に忙しくて、ご無沙汰しておりました。死んだ説などが流れていたかもしれませんが、半分死にかけたものの、何とか今も息をしております。まだまだ終わらんよ。

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3月15日に前任校での仕事を終え、3月22日から都心の単位制高校で常勤として働き始めました。一気に学校内の事務仕事も抱えるようになり、今までのように「授業だけ」とはいかなくなったのが大きな変化であり、ストレスでもありました。いや、嫌いじゃないですよ、事務仕事。けれども今までそんなことをしたことがなかったので、慣れないことをする負担というものが、重たくのしかかってくるのです。

また、いくら電車1本乗り換えなしで行けるとはいえ、朝がキツイ。最近は慣れてきましたが、朝まともに起きられなくて本当にヤバいなと思っています。私の場合は向精神薬睡眠導入剤を使っているため、前日の服用時間によっては朝までお薬の効果が残っていることもあって、なかなか体がうごいてくれず、遅刻寸前出勤を何度かやらかしています。しかも会議中に静かに意識が吹き飛んだこともあって、かなり危機的です。

極めつけは8時に出勤して21時に帰る生活がしばらく続いたこと。これがうつ病を悪化させる最大の原因となりました。もちろん定時はとっくに過ぎています。けれども、教室整備や書類仕事、事務仕事等でこの時間までみんなで作業しているのです。だから最近文部科学省Twitterで「教師のバトン」なるものをはやらせようとしたときに、大炎上したわけですよ。「残業代が出ない」「ハラスメントの温床」「定時退勤できない」……教師の仕事って、もっと給料が高くてちゃんと休める仕事じゃないと、人が来るはずがないのに、それをわかっていなかったことが露呈した瞬間でした。まあ、ポンコツお上には恨みしかないので、現場の教師はひーこら言いながら仕事していますよ。早く給料が月額50万円にならないかな。

という感じで、週5日12時間労働で、それはもう精神的に追い詰められ、泣きながら出勤して泣きながら仕事して泣きながら帰って寝る、みたいなすさみきった生活を送り、もう辞めようかなとも思ったのですが、そういうわけにもいかなかったので、先輩方にじぶんの病状や家庭の事情を説明して、定時から1時間経った頃には退勤させてもらえるように交渉しました。最初は本当に怖かったです。病気のことを否定されたり、運が悪ければクビになるとも思っていたので、カミングアウトは勇気のいることでした。それでもこの仕事を続けたくて、何より授業がしたくて、それが背中を押してくれました。結果的に想像以上に先輩方が優しくて、あたたかく受け入れてくださったので事なきを得ました。それでも土日になると、ひどいときには1日あたり20時間近く寝ていますが、平日の5連勤に耐えられるだけの体力はもつようになってきました。成長していますね。

来週から授業が始まります。私の楽しみな、生徒にものを教えること、大好きな国語の話をできることがうれしくて、今はワクワクしています。楽しく、そして心身ともに無理なく仕事ができることが大事だと思っているので、私はマイペースに、少しずつ、ひとつずつ、目の前の仕事を終わらせていこうと思います。更新頻度は落ちてしまうかもしれませんが、よろしければTwitterを覗いていただけると、桃ちゃんの生存確認が取れますので、そちらもぜひ。それでは、また。

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新生活は文房具とお仕事と【ブログ限定記事】

お題「#新生活が捗る逸品」

 

とんでもねえ。待っていたんだ。どうも星野です。久しぶりにリフレッシュしたので、ばりばり書いていきます。最初に宣伝! お好きな桃ちゃんの活動を応援してくれるとうれしいです。

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今回のお題は「新生活に役立つモノ」ということなので、いろいろとオススメしていきます。

まず、文房具から。私の仕事は教師なので、やたらめったら筆記用具やふせん、はんこを使います。だから良質なものを使いたくて、いつも良いものを探しています。(※写真は後日暇なときにアップロードします)

板書計画のために使っているのは、マルマンのB5方眼ルーズリーフ(50枚入り)。デザインの勉強をかじり始めてからずっとこれです。展覧会などでデザイナーさんが精密な設計図を描いているのを見たときに、とにかく形から真似ようと思って、それまでの横罫線ノートから方眼に変えました。字の大きさ、配列、色合いなどを徹底的に美しく見せるために、日々この方眼で研究しています。最近はうまく書けるようになってきました。方眼で練習すると横罫線でもきれいに書けるようになります。

ふせんは適当に選んでいましたが、最近は「corori:t」を使っています。何が良いって、好きな色から使えること。ふせんの色によって、発問メモだったり、反省点だったり、内容のカテゴリ分けをしているためです。昔購入した大量のPOST-ITを使っていた時は、粘着部分をどう保護しながら束を切り分けるかに苦戦していましたが、それが解決されたので非常に快適です。

ペンはゼブラの「サラサクリップ ビンテージカラー」。すでに7色持っています。渋い色味がツボなのと、あまり蛍光ペンを邪魔しないので優秀です。板書の地の色はグレー、目立たせるところはカシスレッド、リフレクションシートのお返事や自分の反省などはグリーンブラック、手帳に書き込むのはボルドーパープル……使い分けそのものも楽しいですが、何より書き心地と「色覚に困難を抱えているひとに届く色を見つけられる」ので、そこも推しポイントなのです。赤とか青とか、はっきりした色よりも、グリーンブラックくらいの色味のほうが見やすいし識別しやすい方が多いと思うので。

ICT機器は新しくしたiPadと筆圧感知のペンです。父の古いiPadを下取りに出して、格安で手に入れました。これの最大のメリットですが、GoodNotes5が使えると、黒板の写真に直接書き込めるので、どのくらいの大きさの文字にすれば整うか見当をつけやすいというのが挙げられます。他にも、Surface Proで原稿を入力したりチャットしたりしながら、メモ書きを参照・修正できるなどの利点もあります。筆圧感知とGoodNotes5の優秀さがandroidmicrosoftには無いので、そこを改善してくれたらもっと便利なのになあとか思ったりもします。

私の仕事柄、筆記用具の話が多くなってしまいましたが、こんな感じで「じぶんの気分を上げつつ実務をサクサク進めるための道具」を選ぶと真面目にQoLが上がります。だって、気に入っていて性能も良いなら、最高じゃん。ただそれだけですが、大事なことです。皆様も楽しく2021年度の新生活を送ってくださいね。それでは、また。

ばれんたいんでい・きっす【ブログ限定記事】

今週のお題「告白します」

りぼんをかけ~て♪

どうも星野です。私の脳内では跡部様が歌っていらっしゃいます。

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私の告白ですか。聞きたいですか? 誰も興味が無くても話しますね。

わたくし、実は昨年からの1年間で約10㎏増量したのです。すごいでしょう。

笑っている場合ではありません。二の腕はぷにぷに、お腹周りもぽよぽよ、もう悲惨です。あれ、去年買ったスカートがちょっと苦しいな、なんて思っていたら、夏に健康診断の結果が返ってきて、文字通りひっくり返りそうになりました。というかのけぞりました。「まじかよ」って。絶対あれだよ、自粛期間中に毎晩カルーアミルクを1杯ずつ深夜に呑んでいたからだよ。もうやだ。筋トレする。ということで、毎日「お願い! マッスル」を聴きながら筋トレに明け暮れています。筋肉にお願いだ。はい、サイドチェスト! 今日も元気にプランクと壁腕立てをやりました。そして現勤務先では1階から4階まで駆け足で上っています。毎回ゼエハア言っています。それでもこの贅肉を落として好きなおようふくを思う存分着たいのです。別に彼氏とかそんなのはどうでもいいので、とにかく私が私を好きになるために、ダイエットをしているのです。

思えば私は、私のことが大嫌いでした。

いつもいつもかけっこではドベで、勉強ばっかりしているから変な奴だと思われていて、いじめられていて、ずっと図書室のすみっこにいるような子どもでした。

中学で何か変えよう、変わろうとしても、周りに理解されないことの方が多くて、味方はとても少なかったです(それでもいるにはいました、疎遠にはなりましたが感謝しています)。

高校に入ってやっと自分らしく生きることができたけれど、大学でうつになり、自殺未遂を繰り返す毎日。どん底でした。どう頑張ってもねむったら朝起きてまた日常を生きるという、まさに生き地獄。教育実習でもいじめられ、教員になんてなれないと思っていましたし、親に顔向けできないとも思っていました。そして昔から私を「変な奴」「ブス」「頭がおかしい」と追い詰めてきた両親を絶対に許さないと決めていました。

それでもご縁があって、2年間非常勤講師として働けました。やればできるものですね。そして社会人生活に慣れてきたこの2月に、別の学校で常勤として働くことが決まりました。これもまた、やればできるというか、執念も磨き続ければ武器になるのだなという感慨深い出来事になりました。ここでもちゃんと告白します、わたくしは来年度から給料も待遇も良い場所(ただし困難校かもしれないところ)で働きます! よし。

それとほぼ時期を同じくして、父が天国に旅立ち、自分がどれくらい父に影響されて教師の道を選んだのかを思い知りました。父が教師じゃなかったら、たぶん私はこの仕事を選んでいない、と思い至って、深夜に米津玄師さんの「Lemon」を聴きながら大号泣しました。父にはまだまだ生きていてほしかった。常勤になれた姿も、成人式の振り袖姿も、結婚式も見せていないのに、なんで死んでしまったんだろう。竹原ピストルさんの「Amazing Grace」にも泣きましたね、父はがんで逝ったので。私がたとえ刺し違えようとも、父の肺に住んでいたがん細胞を駆逐してやりたかった。

父にも何度も叱られたし、そのたびに呪ったり恨んだりしましたが、それでも私の身体的な特徴は別に何とも言わなかったし、私が何も父と話をしなかったのがいけなかったのかもな、と今さら後悔しています。

だから、私はもう二度と誰も呪ったり恨んだりしないようにしようと、決めたのです。恨んだって何も良いことは無かった。自分が苦しいだけだった。誰かを、世界を恨んでも、変えられるのは自分の心と体だけなのに、それに目を向けてこなかった。大嫌いで大好きなお父さんに、ごめんなさいとありがとうの気持ちを告白したお葬式になりました。お父さん、私は頑張ります。ここでもそう告白させてください。

多くの人と出会い、そして別れてきましたが、これから先も人生は続きます。

そんななかでも私は、ほかでもない私にこう告白したいと思います。

「あなたのことは、誰よりもわたしが、愛しているよ」と。

この辺でお話はおしまいです。それでは、また。

人の世はまこと異なもの味なもの【ブログ限定記事】

お題「#この1年の変化

変化をまざまざと感じる今日この頃です。いちばんの変化は花粉に強くなったこと。どうも星野です。今日は「1年間の変化」について語ります。激動の1年間をダイジェストでお届け。

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何もかもがオンラインで完結する世界がやってきましたね。引きこもりにはうれしい話です。お買い物も飲み会もオンラインで出来るし、外に出なくてもいいのは非常にありがたいというか、おうち大好きマンにとっては最高の「自宅警備」時間が昨年3月からの自粛期間でした。けれどその結果、私の好きなお店がつぶれてしまったり、大好きなみんなと会えなくなったり、悲しいこともいっぱいありました。だから私の考え方は、できるだけ会えるうちに応援する、投資するという方向に変わっていきました。推しは推せるうちに推せ、いつまでも居ると思うな親と推し。

というわけで、お買い物をしまくって破産しかけたり、趣味に時間をかけすぎて寝不足で教壇に立ったり、まあ無茶もやりました。それでもたくさんの愛するひとたちと心理的濃厚接触を行い続けた1年間でした。その充実感というか、達成感というか、ひととふれあうことのよろこびを再確認したという意味でも変化の1年でしたね。引きこもりでおうち大好きマンが、週6で外に出歩いてお金を落としていましたから、相当な激変です。

その「足で稼いだ経験値」を語っていたら、オンラインでの交流も増えました。大好きなショップ店員さんにInstagramを特定され、全国各地にいらっしゃる、教職関係の方々……多くの先輩、後輩、同僚と話をする機会に恵まれ、果ては新しい美術館レビューサイトの運営さんから直接「レビューを書いてください」と依頼され……本当に人の縁に救われた1年だったと思います。

ひととひとが支えあっている文字が「人」というのは眉唾物のネタですが、支えあっているというよりも寄り添いあっていると、私なら解釈すると思います。

この1年は誰かに会いたくても会えない、行きたくてもいけない……今までの「当たり前だった物事」が特別なイベントに変わった年だったと思います。それは私にとっても、皆さんにとってもそうだったでしょう。今さらその変化を嘆いても仕方がないし、これから来るべき「新しい日常」とやらにいずれ我々は順応するのでしょう。

しかしですよ。この1年間に得た絆というか、たくさんのご縁を、私は忘れないで大事にして、何かあったらその縁にすがって生きていこうとさえ考えているのです。

この騒動の中で教えてきた多くの生徒や、繋がってくれた同業の方も私の心の支えですし、何かあったら相談できる関係を築けたのは、もはや「心の濃厚接触」ですよね。もちろんいい意味で。そして一緒にTRPGで遊んでくれる友人各位、ネコチャンぬいぐるみのアランチャくんにも感謝しなければ。彼らがいなかったら今頃寂しさと人恋しさで発狂していましたからね。もふもふ、一家にひとつあるとめちゃくちゃQoLが上がるのでオススメです。ただ、無責任に生き物を飼うのだけはやめたほうがいいですよ。あれは命を預かって生涯を共にする覚悟が無いとやってはいけないことですから。もはや犬猫と結婚して子供を作って同じ墓に入るレベルですからね。皆さん気を付けてくださいね。

閑話休題

新しい日常になっても、この困難を乗り越えたみんなとの絆は変わらないだろうな、とうすぼんやりと考えています。袖振り合うも他生の縁、人は社会に組み込まれている限り「束縛を許さない(=自分勝手に好きなことをやるという、無秩序で無責任な)自由」には染まれません。鷲田清一の論ですが、「自分がされて嫌なことは他人にしない」ということを守ると「誰かに寄りかかって生きていく自由が守られる」のだそうです。誰かに分け与えた幸せが、私のところに返ってきたり、誰かの幸せに変わったり、そういう幸福の贈与関係を維持するためのシステムとして「えにし」があるならば、私はそれに全力であやかって生きていこうと思っています。

誰かの生きる意味になれる自分、誰かを生きる意味にする自分。

そういう生き方を選べたのが、私のこの1年の変化だな、と思っている次第です。

そんなところで話はおしまい。それでは、また。

心に棲む「鬼」の話

今週のお題「鬼」

 

節分の日は特に何事もなく過ごしましたが、母は学校給食でイワシが出てしんどかったそうです(魚介類が食べられない)。どうも星野です。今日は節分にまつわる話をします。節分と言っても、そんな直球は投げません。桃ちゃんのセオリー。

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人間の心には「鬼」が住んでいます。それは形を持たず、常に心の隅っこの方でうずくまっていて、時折闇に手招きしてくる厄介な存在です。

鬼嫁、という言葉がありますね。怒ると怖い奥様をこう形容するわけですが、その形容をしたあなた(旦那さん)の心にも、鬼って住んでいますよね? と思うのです。

鬼とは何なのか。彼らは様々な文献に登場しますが、その姿形は様々であり、能力も文献や民間伝承によって異なります。「泣いたあかおに」のように、ピュアな心を持った鬼も存在している、というお話もあります。しかしおおむね鬼とは、昔から「得体の知れない畏怖の対象」のイメージが強いようにも感じられます。

私の心にも鬼は住んでいて、誰かの不幸を願ったり、誰かを妬んだりするとひょこっと顔を出します。誰よりも人情に詳しいそいつは、私の心の小さなひずみを必要以上に大きくして、心の安定を崩しにかかります。感情が暴走することを、人は「鬼に憑かれた」と呼んだのかもしれません。復讐の鬼、という言葉もありますし。

精神病理のお話では、「鬼」として知覚できる存在は「ヨソモノ」のことを指すのだそうです。「あいつは俺たちと違う」「あいつはおかしい」――そう思った瞬間に、「人間」だったものは「鬼」に変わります。差別意識は同化の意識と表裏一体に表れます。恐ろしいことに、小学校低学年の子どもでも差別意識の芽生えはあるそうで、いじめに発展することもしばしばあります。大人はそれを制御していますが、子どもの場合はそうもいかず、「鬼」をのさばらせてしまうことが多いのです。

「鬼」とは人だったもの、というのは昨年大ヒットした某マンガでも描かれていた内容ですが、鬼と人は不可分のものなのです。だからこそ私は、心の中に住んでいる鬼と、できるだけ和解しながら過ごしていきたいと思っています。力づくで押さえつけるのではなく、やまとうたのごとき柔らかな言葉で対話していきたいです。「目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ」ることができれば、きっと仲良くできると思うから。

「未来のことを話すと鬼が笑う」という言葉もあります。彼らはニヒルに「そんなの叶うわけないだろう」とあざ笑っているのでしょうか? 私はそうではないと思います。きっと、「ああ、そんな未来が訪れたらいいね」と肯定してくれる穏やかな微笑みだと信じたい。鬼だからと避けるのではなく、共に生きていく存在として受け入れたい。そんなことを思いながら、私は今日も「作業の鬼」と化して仕事をしていました。皆様もほどほどに力を抜きながら頑張りましょう。それでは、また。

父の葬儀によせて【ブログ限定記事】

ご無沙汰しております、星野です。今日の記事はちょっとしめっぽいです。あとで明るいお話もするので、ぜひ覗いていってください。

宣伝とかする元気もないので、いきなりですが本題へ。

今日父の葬儀がありました。

思えば昨年6月に体調を崩して、そのときからすべてがおかしかったのかな、と今になって思っています。気持ちの整理をつけるために、思い出話に付き合ってください。

父は高校教師で、私が今の仕事を始めるきっかけになったひとです。私が幼い頃は職場に連れて行ってくれたこともしばしばあり、楽しそうに仕事をしているなあと思っていました。子煩悩で仕事熱心で、自分にも他人にも厳しかった父ですが、私のことはそれなりに好いていてくれたようで、弟が生まれるまでは本当にべったり甘やかしてもらいました。中学生になって静かなる反抗を始めたときも、うつで悲しみのどん底にいるときも、父は黙っていました。不器用で頑固なところがあるので、父なりに対応を考えていたのだと思います。

私の症状が寛解し始めて、仕事に本格的に行けるようになった頃、父は心臓と肺の病気で入退院を繰り返し、年明けすぐに脳梗塞で倒れました。そこからはもうあっという間に衰弱して、ふっと短い生涯を終えてしまいました。

私はまだ常勤にもなれていないし、一人前になった姿、立派になった姿を見てもらえていません。だからそれだけがすごく心残りで、これを書きながら今も泣いています。父に恩返ししたいことも、文句をつけたいことも、山ほどあるし、仕事の相談とかもいろいろしたかったです。どうしてこんな早くに逝ってしまうのか……本当に、大事な人には日ごろから気持ちを伝えるべきだったのですね。今さら知って後悔しています。

私は昨日父に宛てた手紙を書きながら、「絶対に定年退職して再任用されるまで健康体で働く」と決めました。最低でも来年度からは常勤以上、そして一刻も早く専任になって父に胸を張って「教師です」と言いたいです。残された母にも楽をさせたいし。

風花散る中、骨になって家に帰ってきた父は、晴れやかな笑顔で居間に眠っています。ここから何年くらい生きられるのか、私もわかりませんが、自殺願望だけは無くなったと思います。父が悲しむことをしたくないし、勝手に死んで彼岸で父に叱られないように、ずるしても真面目にも生きてゆかなければならないと思うのです。生き延びる理由が増える葬儀でもありました。

どうか皆様も、ご自愛くださいませ。そして大切な人には、すぐにでも気持ちを伝えて、限りある人生を楽しくお過ごしください。それでは、また。