ゆったりまったり雑記帳

その名の通り、雑記帳です。

過去記事一覧①「教壇に立つその日まで」第七弾

遊び歩いていたら3月が終わりました。
どうも星野です。
今回は教壇に立つ前に考えている、国語の授業のあり方について述べたいと思います。

スタートの時点で「教育」から大きく話題が逸れますが、2月に「ル・コルビュジエ展」に行ってきました。
その時の記事はブログとnote両方に残してありますので、よろしければそちらも是非。

その感想として、「機能性と美の両立は可能である」という手応えが得られた、というのがありました。
コルビュジエの作品は、徹底的なまでに機能性を追求している(そして実際、利便性に優れた建築や家具をデザインしている)のですが、それと同時に洗練された美を感じさせるところもありました。
だから私は、こう思ったのです。

「機能的にも優れているものは美と対極にあるわけではなく、むしろそのふたつは限りなく近いところにあるのではないか」。

この話を恩師にしたら、「デザイン(design)の本質的な意味は知っている?」と言われました。

なんでも、デザイン(design)とはもともと「翻訳」を意味しているそうで、何か伝えたいことをそのひと個人や全体にわかるように提示の仕方を工夫することを指すとのこと。

「美しいと感じるということは、適切に伝わっている証拠だろうし、その中で機能も備わっているのが本当にいいデザインなんだよ」

と教わったときに、教育との関連を感じずにはいられませんでした。

国語科を例に取りましょう。
新学習指導要領の特徴は、
①「ことば」に注目させる
②高校における教科の再編
などが挙げられます。

①については、小学生には「ことば」を使って具体的に想像することを、中高生であれば「ことば」を使って論理的に考えることを、指導しなさいということです。
主体的・対話的で深い学びというのも(アクティブラーニングに代わって)記載されましたが、これは児童生徒の活動を中心に授業を組み立てましょう、ということですね。
これは国語科に限らずどの科目でも言われていますが、国語科に関しては日頃の授業でペアワークをしたり、時にはディベートなど様々な表現活動をするので、今さら……? という感じもあり。

②については、選択できる国語の授業が「論理国語」と「文学国語」と「古典探究」に分かれます。
論理国語では評論を、文学国語では小説を、それぞれ扱いますが、センター試験に代わる「共通テスト」が記述を導入し、なおかつ契約書などを読ませるということもあり、論理国語を履修したほうがお得? と考える生徒が増える可能性がある(試験で扱われないから勉強しない生徒がいるかもしれない)ことや、文学作品に触れる機会の少ない生徒を生んでしまうのでは、などの理由から「文学の軽視である」という意見もあります。

簡単に言うと、今まで使っていた教え方や、旧来の教師のスタンスではうまくいかないかもしれないのです。

このような変化の渦中にある教育の世界ですが、どんな教科にせよ「授業(指導)をデザインする」ということが必要になるだろうと考えている先生もいらっしゃいます。

※私の尊敬する八神さんのツイートを引用致します。教育とデザインの関係性について考えるきっかけの一端になりました。

 

では「授業(指導)をデザインする」とは、どうすればいいのでしょうか?

それを私なりに考えたものを、以下にまとめます。

まず、授業をデザインする際に必須の要素とは何だろうか、という問題があります。
レディネス調査、教師側の専門性の涵養、指導のテクニック、等々。

いろいろなものが考えられますが、国語ならば「本文の内容と構造を掴むこと」、受験生の指導ならば「設問者の意図を掴み、ことばに根拠を求めた妥当な推測で、筆者の主張なり心情なりを解答に落とし込むこと」を教えるのが大事なのでは、と考えます。

というのも、(私が関東で勤務しているため首都圏の話になりますが)去年一昨年とGMARCHの入試が難化したことが背景にあります。
入試問題のなかでも特に記述でつまずく生徒が多かったなあ、理由を問われたときに正答率が下がるなあ、と思ったときに、「私の教え方では対応しきれていないのでは?」と気付いたのが、今回の原稿を書くきっかけとなったのです。
私の指導はテクニック重視で、ある一定の水準までは点数が上がるものの、根本的な理解力(つまり、本当の意味での「読解力」)はついていないから、例えば某国公立大で出た「筆者の意見を要約した上で疑問点を自分なりに書け」という300字記述で音を上げる生徒がいたのでは……と。

そこで今年からは指導を一新しました。
国語は論理的に読めるという持論は一切変わっていませんが、指導の仕方や重視するポイント、生徒の活動内容を変えてみています。

まず多くの先生が指摘されている、要約を必ずやらせることを続けていきます。
手応えはありましたし、汎用性が高いため続投です。
今までは自由に話の内容をしゃべらせていましたが、これからは記述式にしようかと。
字数は150〜200の間で良さげなところを探します。
図表化(図式化)でもいいかな、と思っています。
ビジュアルでわかるタイプの生徒と、言葉で理解するタイプの生徒の両方に対応できれば……と。
次に発問の工夫ですが、筆者の展開する論理やストーリーの流れを正確におさえるために、根拠探しと出題された一文のことばに注目するようなものを出していくことが必要だと考えます。
5W1Hはわかっても理由が理解しきれていないことがわりとよくあったので、具体的にどんなことばに注目すれば要点がつかめるのか、一緒に考えていくというスタンスで授業していく所存です。

私の指導法が成果をあげられるか、そして汎用性はあるのか、など様々な検討すべき点があると思います。
1年後読み返したとき、反省を綴ることができればと考えています。
これをきっかけに、多くの教育に携わる方が得意な方法で授業を「デザイン」してくだされば幸いです。

この連載はいったんおしまいです。
4月から改題して教育現場の実際をお伝えしていく予定ですので、お楽しみに!

それでは、また。