ものすごい睡魔に襲われたため執筆のペースが落ちてしまいました。
そろそろ冬眠の時期か……。お布団があったかいですね。どうも星野です。
今回は11月12日から3日間、パシフィコ横浜にて開催されていた「図書館総合展」での学びを言語化・共有するために筆を執りました。
私は仕事の関係で1日目のみの参加となりましたが、非常に有意義な時間が過ごせました。
その雰囲気だけでもお伝えできればと。
「図書館総合展」とは、図書館運営・読書・本に関するありとあらゆるジャンルの出展が一堂に会する、年に一度の大イベントです。
企業から各図書館団体など、規模は大小さまざま、参加者も司書だけでなく流通や販売、一般参加、学生などなど多岐にわたります。
私が今回参加したのはふたつのフォーラムといくつかのポスターセッション、そして「としょけっと」という同人誌即売会でした。
ひとつずつおはなししていきたいと思います。
まずはフォーラム①「ゲームイベントをはじめたい!」。
敬愛する格闘系司書さん(@librarian03)たちの実践報告が聞ける……! と胸を躍らせ参加しました。
初めに伺ったのが、幼児・小学校低学年~中学年向けの「お話会×ボードゲーム」について、中学生~高校生向けの「図書館×TRPG」について、そして成人向けの「生涯教育×ゲーム」についてでした。
そもそも絵本をもとにしたボードゲームが出ていることを知らなかったので、お話会で読み聞かせしたひとつの物語のなかに実際に入り込めるのはとても楽しいだろうなあと思いました。
子どもにとっても読書へのハードルが下がるのではないかという期待もあります。
TRPGを図書館でやるのはとてもメリットが大きいというお話も伺いました。TRPGも広義のストーリーテリングですので、物語を作るために原作となる資料やルールブックを読み込む必要があります。そのなかで自然と読書に親しむ姿勢が形成されるのは、とても素敵だと思いました。
特にやってみたいのがクトゥルフ神話の「リアル図書館ロール」!
実際に参考になりそうな本を選んで来られたら達成値に+20%します、なんて言われたら生徒たちも必死に探すだろうし、それが後に実生活で活きる「図書館」技能に繋がるのではないかと考えました。
それに付随して、郷土資料を活用する重要性も感じました。
その土地の神社が舞台です、だとか、その神様は日本神話の……だとか、そういう歴史的なものに図書館で触れる機会って、生徒にはあまりないのではと思っていましたが、郷土資料をもとにしたボードゲーム(四国のお遍路さんや京都バスなど)もあるそうで、社会科との連携(教科横断授業)もできることがわかり、ゲームなるものを教育に取り入れることへの忌避感を払拭する一助になるのでは……とも感じました。
あとは広辞苑を使ったり、アプリゲームなどで漢詩や歴史を学ぶなどの事例もあり、ゲームというひとつのきっかけから、無数に文化資本へアクセスすることができるのだと実感しました。
石田喜美先生のお話では、「本に出会うリテラシー」についてがとても印象的でした。
私の勤務校の生徒も、まともに本を読んだ経験のない生徒がほとんどなのですが、その原因の一つがおそらく「校舎内に図書室がない」ということだと私は考えています。
そうすると日常的に図書館に行く習慣のつくりようがありませんから。
ですが「お題に合わせて本を選ぶ」という活動をするだけでも、本をを選んで、読んで、また読みたいから探す、というサイクルを回すきっかけを作れるのだと知って、私も実践したい! と強く思いました。
本の選び方や読み方から教えていけば、将来的な図書館利用者を増やすことにもなるなあ……と期待が膨らみました。
Creation(創造)の行為で文化と対話する、そういう位置づけでゲームと読書を結びつける(決してどちらかが優れているということではなく、両方をうまく活用するということです)のが大事だと痛感しました。
日向良和先生のお話で衝撃だったのは、「キャットアンドチョコレート」をアレンジするという事例でした。
例えば図書館で、大学生活で、ありそうなピンチを手札(図書館資料やサービスが書かれている)で乗り切る。思考力も高められそうです。
これなら私でも出来そう! かつ生徒も楽しんでくれそう! とかなり興奮しました。
アイデアを共有してくださったことにもとても感謝していますし、たくさん激励の言葉やアドバイスを頂けたのが嬉しかったです、登壇者のお三方にはこの場を借りてお礼を申し上げます。
続いて急いで「としょけっと」へ。売り切れが怖かったのですが、無事九州謎プロジェクトさんの同人誌をお買い上げすることに成功しました!
謎解きゲームを図書館でやってみた、という実録マンガなのですが、どういうことに気を付けないと企画倒れになるのかなど、非常に参考になりました。
その後はフォーラム②「クリエイティブ・ラーニング」へ。
クリエイティブ・ラーニングって……? と思っていたのですが、アクティブラーニングの上位互換のようなもので、ひとりひとりの日常的な創造性を涵養する学び、ということだそうです。
例えば作家は何か自分の頭の中にあるデータを切り売りする形で作品を作っているのではない、作品に導かれるように、作品を通して何か新しいものを発見して自己を変革するのだ、というお話に、物書きとしてはとても納得するなあと思いました。
ハンドメイドもそうですが、何一つ自分の思った通りにはならなくて、試行錯誤しているうちに作品世界や創作活動に没頭していき、次第に「これ、なんかいいかも」みたいな境地に達するのです。
料理とかも同じだと思うので、「つくる」という行為の深淵に、皆触れているのだと私は考えました。
バブルが崩壊するまでは供給側から与えられる消費社会だったのが、現在はコミュニケーション社会となり、情報優位となりました。
講演者の井庭先生いわく、この次には「創造社会」が到来する、とのことで、皆がモノやしくみを自分でつくる、供給が期待できない社会になるのではとお話しされていました。
この感覚はハンドメイド界隈で顕著にみられる気がしていて、執筆もそうなのかもしれませんが、自分が何かをうみだすという行為が称揚されている皮膚感覚があります。
ですのでこのお話じたいは大変共感できましたし、私もGenerator(導くし参加もする新しいタイプの教師)になりたいとも思います。
ですが学力の高くない学校に勤務する身として、「教え込み」というものを否定的に捉えているというか、基礎の基礎がなっていない生徒に対するアプローチに関して疑問が残りました。
「型にはまる」ことがすべてのはじまりで、「型を破れば型破り、型が無ければ形無し」という言葉もある通り、何かを作るためにはまず基礎的な知識が必要になります。
つまりこの先生のお話は、大変私にとってはよくわかるのですが、受け入れがたいものを感じました。「エリートコースを進むような生徒ならできるだろうけれど、うちの漢字すら書けない生徒にそれをやらせるリスク(形無しになるリスク)はどうお考えですか」と問いたかったです。
実際にこれから創造社会が到来したとして、私の教え子たちはどうなるのか。
おそらく、格差に巻き込まれてしまうのでしょう。しかしそれを最小限に食い止めるために知識技能の伝達・習得を行い、「型」を与えることを続けたいと思います。
もちろん今回のお話にあったGeneratorとしての役割(TRPGでいうところのいわゆるゲームマスターだと思っています)も果たしたいですが。
なんだかモヤモヤしました。
そのあとは様々なポスターセッションを拝見し、学校図書館や地域の図書館、図書館アルバイトなどの実践報告を見てきました。
どの図書館も工夫を凝らしていて、活字離れが叫ばれて久しい昨今でも「本を読もう」「情報を提供しよう」と呼びかける情熱が感じられ、とても有意義な時間を過ごせました。
図書館はただ「あるんだ」だけではもったいない、活用しないともったいないのだということを、もっと私も発信していこうと思った次第です。
司書教諭資格を取得し、学校図書館に関わる機会があれば、今回の学びを活用したいです。
長くなりましたが、このあたりで。
それでは、また。